ラプサンスーチョンと言えば、キームン(キーマン)紅茶と並び中国を代表する紅茶です。
このラプサンスーチョン、名前自体が何だかエキゾティックな感じで好きです。
紅茶とは思えない「強烈な特徴」を有しており、初めてラプサンスーチョンを買って飲んだ時のことを、未だに覚えております。私は焼き芋の皮のような香りだと思いました。私の妻は、「正露丸」の味と言いました。
その後出会った高品質のラプサンスーチョンはこれらの香りに加え、強烈な乾燥龍眼の香りを有しておりました。
このユニークなお茶を是非自社ブランドで紹介していきたいと思い、ラプサンスーチョンの特徴的品質を有し、同時に無農薬が保証されたお茶を探索し続けてきました。
ラプサンスーチョンの産地である福建省は、他省に比べ無農薬への取り組みが遅れております。品質を取ると無農薬ではなかったり、無農薬を取ると品質的に劣っていたりの繰り返しで、これまで何十種類もサンプルを取り寄せは評価を繰り返しました。
そして、ついに先月品質と安全性の両方を併せ持つラプサンスーチョンを見つけ、買い付けにいたりました。
非常に嬉しかったので、「何をもって本物なのか?」、ラプサンスーチョンについての正しい知識と情報を、数回に分けて説明をしていきたいと思います。
まずは歴史からです。
ラプサンスーチョンは中国語で「正山小種」(Zheng Shan Xiao Zhong)と書きます。
正山小種は福建省の岩山に自生する武夷岩茶でした。(ご存じの方もいるかと思いますが、武夷岩茶は中国を代表する烏龍茶の種類で、今でも様々な銘茶が生産されております。)
記録によると、1734年には既に「小種」の名前が記載されております。小種とは岩山に生える高品質なお茶の種類を意味しており、当時はこの種類のお茶を用いて烏龍茶、つまり武夷岩茶が生産されておりました。
何故、武夷岩茶がなったのでしょう?
清朝(1850-1864年)の頃、中国国内は非常に不安定な状況にありました。軍が桐木村の星村鎮へと進行した際、茶屋に滞在しました。と言うのも、星村鎮は烏龍茶で栄えている町だったため、街の多くが茶屋だったのです。
当時は自然萎凋→揺青(半発酵)→揉捻までを農家で行い、乾燥は街の茶屋にて行われておりました。ところが、軍の侵攻で茶屋の労働者達は作りかけのお茶を放置したまま山へと逃げてしまい、湿った状態の茶葉が袋に入った状態で残されました。
軍が去った後、茶屋の人々が戻ると、袋の中の茶葉は茶色に変色し、独特の香りを放っていたのです。(暖かく高湿な環境下に置かれた茶葉はゆっくりと酸化したのですね。)
しかしながら、茶屋の人々はその茶色く変色したお茶を直ぐに乾燥することが出来ませんでした。なぜならば、農民達が次々と運んでくる新鮮な茶葉により、乾燥設備の能力が許容いっぱいだったからです。
茶葉を無駄にしたくなかった茶屋では、フライパンを用いて茶葉を炒めることで乾燥し、同時に松を燃やすことで部屋の温度を高め乾燥時間を短縮しようとしました。
その結果、茶葉は松から発生した煙の香りを吸収し、製品からは仄かな松の香りが感じられました。
このお茶が福州にて紹介された際、ヨーロッパに強い販売ネットワークを持つ有る外国の貿易商の注目を集めました。そして、最終的にはイギリスの皇室への献上品にまでその人気は加速していったのです。
加速する人気のため、星村鎮周辺地域では紅茶の生産を行い、それを星村鎮に送り、煙の香りを付与することで最終製品としました。
これらは煙臭いだけで品質的に劣ることから、伝統的な方法により生産された、オリジナルのラプサンスーチョン/正山小種と区別するために烟小種、Tarry Souchong、外山小種と呼ばれました。
尚、星村鎮の山は「正山」と呼ばれており、正山産の茶葉は、品種名である「小種」と組み合わされることで「正山小種」と呼ばれるようになったと言われております。