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最近、マレーシアにおける日本の急須の販売が順調です。口コミで徐々にお客さんが増えてきました。
そんな中、先日、「星洲日報」という中国語新聞社が急須だけに特化して取材をしに来ました。カメラマン同行の真剣な取材でした(これまでに既に3社の取材を受けておりますが、まだ、一度も新聞紙面用に登場しておりません。今回の新聞社を含む2社はほぼ確実なのですが、未だ油断できません)。
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実は、新聞記者に、ある質問をされ、「はっ」としました。 「日本の急須は何故横にハンドルが付いているのですか?」 「その理由は何ですか?」 「どういう歴史があるのですか?」 日本の急須は横にハンドルが付いているのが当たり前だっただけに、私は根本的な事が分かっていませんでした。
上記質問に即答できなかったため、調べて後ほど詳細を送りますと約束しました。
そして、調べまくりました。2日間、ずっと調べ続けました。 日本語の情報だけだと、限界があり、また、客観性にも欠けるため、スタッフに中国語サイトも調べて貰い、それらを結びつけることで大体の流れを掴むことが出来ました。
実は調査によりかなり面白い発見をしました。
この内容はとても面白いのでメルマガでも発行しようと思いますが、要点をブログでも説明したいと思います。
まず、基本的な話ですが、中国語でTea Pot は茶壺とかきます。日本語ではご存じの通り急須です。因みに、中国人に急須と言う文字を見せても理解できません。
資料を調べると、江戸時代には、日本でも茶壺という言葉が使われており、チャーフーと呼ばれていたようです。因みに、この言葉は、中国から伝来した宜興産の後ろ手(急須)を呼ぶのに用いられたそうです。つまり、江戸時代には急須と茶壺の両方の読みがあったのです。
では、日本の急須は何故、急須と呼ばれるのでしょう?
また、この形状は日本オリジナルなのでしょうか?
実は、日本の横手急須と同じ形をした道具が宋の時代(室町時代)に中国にも日本にも存在していたのです! 宜興産の紫砂壺が初めて作られたのが江戸時代であることを考慮すると、相当前から横手急須があったわけです。
この横手急須ですが、実は、別の目的に用いられておりました。その目的とは?
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